崩壊する前、
心のどこかで、ずっと違和感はあった。

「頑張れば、お客さんは戻ってくる」

そう信じていた。
いや、信じたかった

でも同時に、別の声もあった。

このまま続ければ、
負債を抱え、
会社は倒産する。

それでも止まれなかった。


この会社に、しがみついていたのは誰か

正直に言う。

「この会社にしがみつかないと、
自分は生きていけないんじゃないか」

そんな恐怖があった。

社長という立場、
責任、
これまで積み上げてきた時間。

それらを失うことのほうが、
撤退する判断より怖かった。


理不尽だと思っていたこと

さらに、心をえぐる出来事があった。

ある幹部スタッフの失態。
それが、事態を大きく悪化させた。

それなのに——
責任は、すべて自分に降りかかってきた。

そのスタッフは、
責任を取るようなフリだけして、
後処理もせず辞めていった。

そして本社に転職し、
何事もなかったような生活をしている。

……正直に言えば、

おかしい。
理不尽すぎる。

そう思った。


それでも、なぜ見ないふりをしたのか

理由は、たった一つ。

負けたくなかった。

会社が潰れることは、
自分の敗北だと思っていた。

人に裏切られることも、
判断を誤ったことも、
認めたくなかった。

だから、目をつぶった。


今なら、違う判断をする

今なら、はっきり言える。

幹部であっても、
100%信じることはしない。

おかしい行動を感じたら、
解雇を含めて、
強い判断をする。

それは冷酷さじゃない。

残りのスタッフと、
会社を守るための責任だ。

そしてもう一つ。

「これはやばい」と思ったら、
負けるが勝ちだと思って撤退する。

負債を抱える前に、
傷が浅いうちに、
引く。

それも、経営判断だった。


今、同じ場所にいる人へ

もし今、

  • 理不尽を抱えたまま踏ん張っている
  • 「ここで引いたら負けだ」と思っている
  • 自分が壊れかけていることに気づいている

そんな人がいたら、伝えたい。

撤退は逃げじゃない。
判断だ。

私は、それを遅らせた。

だから、ここにいる。

私の場合は判断が鈍ったことの原因が今にあると反省している。

でも、ここまで書いておいて思う。

この判断が、
すべての人にとっての正解だったとは言えない。

あなたの場合は、
違う選択をしてもいいかもしれない。

大事なのは、
よく考えて、自分が一番納得できる行動を選ぶこと。

それが、私やあなたにとっての
一番の正解なんだと思う。

生きていれば、
なんだってできる。

どんな失敗をしても、
命までは取られない。

そう思えるようになった。

無理に強がらなくてもいい。
無理に勝とうとしなくてもいい。

それでも、
力強く生きるという選択肢もある。

最近、
そんなふうに思い始めている。

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